THE研究〜孤高の女子フィギュアスケーター・安藤美姫

THE研究〜孤高の女子フィギュアスケーター・安藤美姫

その優雅な演技力と技術力

安藤美姫(あんどう・みき=Miki Ando)といえば今や日本を代表するトップフィギュアスケーターである。過去、2度のオリンピック出場や多くの表彰をみるまでもなく、その優雅な演技力と技術力は、世界からも熱い注目が注がれている。

本当の魅力は起伏の激しい人間らしさ

しかし、安藤美姫の魅力は決して成績だけではない。このスケーターはいつも危なっかしい橋を渡りながら、かならず最後の最後は栄光を手にしている——そんな起伏の激しいスケーターライフにあるのではないか、と思う。
安藤美姫は、1987年12月18日、愛知県名古屋市で生まれた。8歳のとき、小学校の友だちに声を掛けられてフィギュアスケーティングの道に入った。ほぼ同じころ、父親を交通事故で亡くし、スケートリンクにはいつも友人とともにやってきた、という。母親ですら父の代わりを務めるために安藤美姫のリンク通いにつきあうことはできなかったのだ、という。

父親の死が影響か

あまりに個人的な過去であることは言うまでもないが、実はこの一件が安藤美姫のその後に大きな影響をもたらすことになる。安藤美姫がスポットライトを浴び、頻繁にメデイアに登場するようになっても、この人が心の底から笑顔を見せたことが今まであっただろうか。 もちろんカメラの前でそう簡単に自分自身をさらけ出せる人など、むしろ少ないにちがいない。それでも、優勝してもどこか不満げであったり、これから演技を始めようというときにコーチと言い争いをしているかのような光景が映し出されたことは、多くの日本人に安藤美姫という人間への印象を良くも悪くも与えたことだろう。 それらを安藤美姫とコーチとの「恋愛関係」に結び付ける向きがあったり、「生意気で傲慢」と決め付けたり、あるいは当世イチバンの人気と実力を誇る浅田真央選手と単純に比較する人も恐らくは数多くいるのかもしれない。

フィギュアはアート、個性第一

しかし、そんなことは安藤美姫を語ることにはなんら必要なものではない。むしろ迷惑なものであるとさえいえる。フィギュアスケートが音楽や美術と同じようにアートのひとつと考えるならば、個性が第一なのである。 ここでは不思議な存在ともいえる安藤美姫の姿を、過去の成績やインタビューから浮き彫りにしてみたい。 そんな安藤美姫の才能が最初に開花したのは、伝説的存在ともいわれる門奈裕子コーチの門下生になってからだ。

門奈裕子コーチの存在

静岡県浜松市出身ながら、短大時代を名古屋で過ごし、以後、愛知県でフィギュアスケートコーチを務める。安藤美姫とは安藤がスケートを始めて3年目の10歳のときから。ジャンプの軸を作り上げることに定評があり、安藤美姫は今でも悩むと門奈裕子の助言や指導を仰ぐ。また、安藤美姫とほぼ同時期に浅田真央・舞の姉妹にも教えていた。つまり、現在、日本を代表し、世界トップのスケーター3人はみな門奈裕子に師事していたことになる。

交友関係あれこれ

中京大学附属中京高等学校を卒業後、トヨタ自動車に入社し、同時に中京大学体育学部に社会人学生として在籍。2011年3月に無事、卒業した。

トリノオリンピックシーズンのショートプログラムでは「戦場のメリークリスマス」を選曲した。これは亡き父親に捧げたナンバーだった。また常日頃、愛用しているネックレスのリングは父親がしていた結婚指輪。安藤美姫はいつも辛くなるとこのリングに触れ、心の支えにしている、という。

安藤美姫が尊敬するスケーターは荒川静香とミシェル・クワンの2選手だ。プライベートでも仲が良いのは、荒川静香、中野友加里、鈴木明子、武田奈也といった面々。海外のスケーターではジョアニー・ロシェット(カナダ)やカロリーナ・コストナー(イタリア)とも仲が良い。ジュニア時代から大会で顔を合わせてきた同年代のスケーターなのだから、親交が深いのはいうまでもないだろう。

ほかに、日本の歌手で最近カムバックを果たした絢香とは生年月日が同じといった奇遇も手伝って仲がいい。2007年世界選手権のエキシビションで共演も果たした。